【第45回】 『交渉は「ノー!」から始めよ』 ジム・キャンプ 著(ダイヤモンド社/1575円税込)
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【第44回】 『交渉力』 団 野村 著(角川書店/720円税込)
 著者は野茂英雄のメジャーリーグへの道を切り開いたことでも知られるスポーツ・エージェント。著者自ら本書の中でエージェントに対する世間でのイメージを「選手を喰いものにしている」「スポーツを堕落させた」「金の亡者」など「あまりよいイメージをもたれていないようだ」と述べている。
 それだけに本書は宛ら「NPB(日本野球機構)戦記」の様相を呈しているとも言えなくもない。
 そして「戦記」を語りつつ、具体的な交渉テクニックにも言及している。

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 選手をスカウトするためには、やはり直接自分の目で見ることが必要だ。「一五〇キロのボールを投げるすごいピッチャーがいる」という情報がもたらされても、私の経験では九九パーセントはガセである。しかし、そのピッチャーが一パーセントのなかに入っている可能性がないとはいいきれない。「信用できない」からといって、見にいくことを怠れば、金の卵をみすみす逃してしまう結果にならないともかぎらないのである。その意味では、「情報が嘘であることを確認にいく」のも、われわれの重要な仕事のひとつなのだ。
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 「情報が嘘であること」の確認作業を怠らない姿勢こそが「嘘」を持ち掛けようとする情報元に対する最大の抑止力になることは間違いない。
【第43回】 『プロの論理力! トップ弁護士に学ぶ、相手を納得させる技術』 荒井裕樹 著(祥伝社/1365円税込)
 著者はその帯紙に「28歳で年収1億円を実現」と紹介されている新進気鋭の弁護士。「昔から『個人の力』で生きているスポーツ選手に憧れる気持ちが強かった」と語る筆者が交渉事のポイントを一流アスリートの言葉を引用しながら説明する。

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 かつてヤンキースの松井秀喜選手が、こんなことを言ったことがある。
「自分でコントロールできることと、コントロールできないことをきちんと区別し、自分がコントロールできることに集中するのが大事」――。
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 これが年収ウン億円を稼ぐプレイヤー達の定石なのであろう。
【第42回】 『戦略的交渉力 交渉プロフェッショナル養成講座』 平原由美/観音寺一嵩 著(東洋経済新報社/2310円税込)
近日中にアップします。
【第41回】 『NLP 神経言語プログラミング』 高橋慶治 著(第二海援隊/2940円税込)
近日中にアップします。
【第40回】 『交渉の戦略 思考プロセスと実践スキル』 田村次朗 著(ダイヤモンド社/2520円税込)
近日中にアップします。
【第39回】 『科学的交渉理論 「HICAT」 』 熊田 聖 著(泉文堂/本体3751円+税)
近日中にアップします。
【第38回】 『交渉学教科書 今を生きる術』 R・J・レビスキー/D・M・サンダース/J・W・ミントン 著(文眞堂/3780円税込)
近日中にアップします。
【第37回】 『ロジカルネゴシエーション』 バーデン・ユンソン 著(PHP研究所/1575円税込)
 本書読後、一番頭に残ったのが「交渉についての格言集」とのコラムにあった以下の文。

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 私はいつでも痛みを伴う妥協の準備はできている。我々に何ができるのか? 平和は友人と創るのではなく、共感できない敵と創るのである。PLOが善く見えるような試みはしない。彼らは敵であったし、今もそうである。しかし、交渉はそういう敵としなければならない。
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 確かに「友人」とだけで平和が構築できる筈はない。至言であろう。
 ところで、「勿論」というか、「残念ながら」というか、紹介した格言は著者(バーデン・ユンソン)の言葉ではない。元イスラエル首相のイズベク・ラビン氏の言葉である。本文よりコラムにあった格言が印象的というのも残念ではある。
 因みに本書で紹介している戦術の一つに「権威に訴える」というものがある。……。
【第36回】 『協調的交渉術のすすめ』 エレン・レイダー/スーザン・W・コールマン 著(アルク/1995円税込)
 本書で紹介されているコロンビア大学のレイダー・コールマン「モデル」とハーバード大学の「プログラム」の違いにつき、本文コラムの中でアメリカ国連協会アジア部門の中谷澄江ディレクターが「ハーバード大学の『プログラム』では、コンフリクトの分析や、交渉術を通じていかに問題解決をするかに、より重点をおいているに対し、レイダー・コールマン『モデル』のトレーニングでは、交渉を通じて個人が変革することをめざしている」と説明している。
 そのような観点からも「『怒り』の感情をどう扱うか」という課題に本書が確り頁を割いているのも興味深い。

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 何が原因で自分が怒っているのかを見極め、あなたを怒らせた相手に「自分が怒っている」事実を、攻撃的にならずに、冷静な態度で説明をすることができれば、交渉であなたは有利な展開ができるはずだ。というのも、もし、あなたが自分の怒りを冷静に見つめることができ、自分の感情をコントロールできれば、どこで自分の感情をコントロールできたかを知るひとつの目安となる。このように、感情のコントロールについてひとつの基準ができれば、それによって相手の感情も読み取れるというある種の自信がでてくる。たとえ、相手があなたに反発し、あなたが怒ったのだからと態度を硬直化させたとしても、自分の感情の動きを冷静に判断できるし、また、相手の感情の動きもわかる。その結果、相手を傷つけることもなく、相手の「怒り」を和らげることもできるはずだ。このように、自分の感情だけでなく、相手の感情をコントロールできれば、あなたは交渉において、相手より優位になれるのだ。
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 確かに自分の感情をコントロール出来る者は、相手を宥(なだ)めるのも、相手を怒らすのも上手、つまり相手の感情をコントロールすることも出来るように思えて仕方ない。
 「怒り」を頭から否定するのでなく、それでいて制御不能の「怒り」に対してはきっぱりとこれを否定しつつ、原動力としての「怒り」の効用を説く姿勢には共感できる。
【第35回】 『ハーバード流思考法で鍛えるグローバル・ネゴシエーション』 御手洗昭治 著(総合法令/1995円税込)
 本書で紹介される交渉術の中で面白かったのが「ストックホルム・シンドローム交渉戦術」である。

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 ストックホルム・シンドロームとは、テロリストが人質に好意を抱き、最終的には双方ともに信頼関係に近い感情に支配されてしまうことである。言い換えれば、テロリストと人質の間にいつしか生まれる一種の連帯感のことである。お互いに依存しあい、緊迫した生活を送っている間に、ラポールが生まれてしまうことである。ストックホルム・シンドロームは一九七三年にスウェーデンのストックホルムで実際に起こった銀行強盗事件から名付けられた。人質となった女性が一人のテロリストに感化され、服役後の結婚を約束するまでに至った不思議な事件である。
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 因みにラポールとは「信頼関係」の意。著者は続けてこの事件を紹介する。

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 ストックホルム銀行強盗事件では、電話で人質の一人が当局に対して「犯人たちは、我々を警察から守っていてくれている」と伝えたという。
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 ここまでのラポールが構築されるとあれば、天晴れである。
【第34回】 『ハーバード流“NO”と言わせない交渉術』 ウィリアム・ユーリー 著(三笠書房/1365円税込)
 本書は謂わばベストセラー『ハーバード流交渉術』の実践・応用編。
 「ときに“窮鳥”に徹して活路を見出す法」との項が興味深かったので、些か長文となるが引用してみたい。

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 二十年前のことである。SALTU(第二次戦略兵器制限交渉)批准決議がアメリカ上院議会に上程された。批准には、議会の三分の二の賛成が必要だった。それだけの賛成者を得るために、上院のリーダーたちは修正案を加えようと試みたが、それには相手国のソ連の同意を必要とした。
 ちょうどそのとき、若手の上院議員、ジョセフ・R・バイデン・ジュニアが所用があってモスクワへ向かうことになっていた。そこで上院指導部は彼に、当時のソ連の外務大臣、アンドレイ・グロムイコに修正案を加えることに承諾を得てくるよう依頼した。
 モスクワにおける両者の交渉は、誰から見てもあまりにも結果が見え見えだった。片や、その絶対にあとへは引かない強硬な交渉態度から“ミスター・ニエット(NO)”という異名をもち、世界中にその名をとどろかせている百戦錬磨のベテラン外交官、片や、まだ駆け出しの若手上院議員である。交渉能力には、大人と子どもほどの差がある。
 グロムイコはまず、アメリカの若手議員を相手にして、ソ連がいかにアメリカとの兵器競争において、つねに後塵を拝し、あとから追いかける立場をとっていたかについての議論を始めた。彼は実に言葉巧みで雄弁家であった。長時間にわたる話し合いの中で、会話の主導権をほとんど握っていた。
 グロムイコは、やがて力強い口調でSALTUがなぜ長年にわたってアメリカ側に有利なように作用してきたかを語り、したがってアメリカの上院議会は条約を修正しないまま批准するべきであると結んだ。つまり、アメリカ側による条約修正の提案に対してのグロムイコの答えは、やはりその異名どおりに明確な「ニエット!」だったのである。
 今度はバイデンの番だ。彼は、名うてのベテラン外交官を相手にしてまともに論争を挑んだり、反論を試みることはしなかった。代わりに、ゆっくりと重々しく口を開いて言った。
 「外相、あなたの話は非常に説得力がありました。私も、あなたのおっしゃることにほとんど賛成です。私は、本国へ戻ってさっそく、同僚議員たちにこの意義深い話をしようと思います。ただ、少しだけ心配があります。同僚の中でも、ゴールドウォーター議員やヘルムス議員といったタカ派の議員たちには、おそらく納得してもらえないと思うのです。彼らが納得してくれないと、他の議員にも波及していく恐れがあります……」
 バイデンは、なぜ彼らが納得しないのだろうと思うのか、説明を続けた。そして、説明し終えるとグロムイコに向かって、さも頼りなさそうに忠告を仰いだのである。
 「あなたは、この手の交渉に関して世界中で最も経験豊富な外交官です。そこで教えていただきたいのです。私が本国へ帰って同僚議員たちの反論をどう打ち破っていけばいいのか。彼らの疑問にどう答えればいいのか、ぜひとも忠告していただきたいのです」
 グロムイコは、目の前で不安そうな顔をしているまだ経験の乏しい若いアメリカ人に助言せずにはいられないような気持ちになった。そして、本国へ帰ってから彼に向かって浴びせかけられるであろう同僚議員たちからの質問や反論に対する答え方を、手取り足取り指導し始めたのである。
 バイデンが確実に指摘されるだろうと思われるポイントを一つひとつ取り上げ、グロムイコがそれぞれに模範解答を示していくという想定問答形式で“勉強会”は進められていった。
 ところが、そうやっているうちに意外などんでん返しが起こった。グロムイコが、自ら修正案提出反対の立場を覆し、その提出に同意したのである。ことの顛末はこういうことだった。バイデンと想定問題を繰り返すうち、グロムイコはもう一度、じっくり考える機会を与えられた。そして、最後に(おそらく彼の長い外交官生活の中でもはじめての体験に違いないが)、修正案を提出することがいかに数多くの浮動票を集めるのに効果的であるかを認め、同意してくれたのだった。
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 因みに“窮鳥“とは『顔氏家訓・省事』にある「窮鳥入懐(窮鳥懐に入る)」から、追い詰められて逃げ場のなくなった鳥は猟師の懐にも飛び込む、つまり困りきった挙句に頼って来る者があれば、これを哀れまなければならないという意。
【第33回】 『新版ハーバード流交渉術』 ロジャー・フィッシャー/ウィリアム・ユーリー/ブルース・ハットン 共著(TBSブリタニカ/1680円税込)
 『新版への訳者あとがき』に「本書の旧版は一九八二年に出版され、二五刷を数えるロングセラーとなっている。この分野の本として、もはや古典化しつつあるとさえいえる」とあるように正しく本書は交渉学の『古典』。
 確かに本書で展開される交渉術はこれまで紹介してきた幾つもの「交渉本」に収められている思考の原型となっている。そこで、これまでの「交渉本」で紹介されていなかったものの興味深かった事例を挙げたい。
 「交渉、特に激しいやりとりの交渉においては、感情問題をどう処理するかということのほうが、話自体より重要であるかもしれない」とした上で、以下の事例が紹介される。

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 一九五〇年代、鉄鋼業界における労使対立の激化を未然に防止すべく組織された調停委員会は、感情問題の衝撃を抑制するためのユニークな、うまい方法を考え出した。すなわち、一時に怒ってよいのは一人だけ−−一人が怒鳴りだしたら他は黙らなくてはならない−−というルールをつくったのである。これは一方で、誰かが怒鳴ったとき、それに対してやり返さず黙っていたことを後で批難されるのを封じ、他方、そうした過熱した感情を発散しやすくしたものである。「まあ言わせておけよ。今は彼の番なんだから」というわけである。これでかえって感情の自己抑制も容易になった。このルールを破って怒鳴り返したら、自己抑制ができないことになり面子を失うことになるからである。
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 それまで相手が怒鳴った時に「やり返さず黙っていた」ために面子が失われることがあった「交渉」、それも「団交(団体交渉)」という性質の現場で、今度は怒鳴り返したら「自己抑制ができない」と見做されて面子を失うことになるというルール。流石に『古典』には学ぶべき智慧が詰められていると言えそうである。
【第32回】 『実践・交渉のセオリー』 高杉尚孝 著(日本放送出版協会/1050円税込)
 著者はNHK英語番組「TV英語ビジネスワールド」を担当したというコンサルティング会社代表。著者の主張は「双方の満足度の向上をめざした生産的交渉」。
 筆者の目に留まったのは以下の「権限がないことをうまく利用する」という項。

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 「十分な権限がないので交渉がやりにくい」「もっと権限があればよいのだが」などのコメントを交渉の当事者からよく耳にします。では、ネゴシエーターがより大きな権限を持っていれば、自動的に生産的な交渉ができるのでしょうか。答えはたぶん“No”でしょう。「権限」を「譲歩できる能力」と考える際、限定された権限にはメリットもあります。
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 著者は「権限が『ある』、『ない』の議論ではなく、『権限をいかにうまく活用するか』という視点が、交渉においては重要」と喝破する。
 「『権限』を『譲歩できる能力』と考える」は確かに肝に銘じるべき至言であろう。
【第31回】 『パワーロジック 論理の鎖で相手をつかむ無敵の説得術』 内藤誼人 著(ソフトバンクパブリッシング/1575円税込)
 心理学者の著者によると「前作の『パワープレイ』は、しぐさや身ぶり、環境や雰囲気といった要素から人間を動かすテクニックを網羅したものであるが、今回の『パワーロジック』はコトバによる説得術がメインのテーマ」とのこと。
 「本書をよくお読みになれば、少なくとも50個の実践的な説得テクニックを身につけられるだろう」とあるが、中でも頷けたのは以下の説明箇所。

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 オシの強さや勢いに頼るのは、「説得」ではなく、「脅迫」である。確かに、脅迫された人はその場ではいうことを聞くだろう。しかし、心の底では納得していないのが普通だ。脅迫されると、誰でも相手を憎らしく感じ、その言葉を拒絶したいという欲求が湧いてくるのである。
 物理学には「作用・反作用」という法則がある。中学校の理科で学ぶ法則だが、ある物体にある力が加えられると、必ず同程度の反作用が返ってくるという原理についての法則である。たとえば、机の上に置かれた消しゴムを一方に押そうとすれば、机の面との摩擦が抵抗力となって反対方向に押し返そうとする。
 この法則は、人間の心理にも当てはまる。ぐいぐいとオシの強さで説得しようとすると、やはり同程度の抵抗が返ってきて、結局、相手の意見を変えられないのである。
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 筆者も交渉の理屈をよく「作用・反作用」で説明する。ところで「作用・反作用」はニュートンの運動の第3法則である。第1法則が「慣性の法則」、第2法則が「運動方程式」。
 折角なら「慣性の法則」と「運動方程式」からも交渉の理屈が説明されていれば、と悔やまれる。
【第30回】 『パワーマインド 自分を高め交渉に勝つ悪魔の心理術』 内藤誼人 著(ソフトバンクパブリッシング/1575円税込)
 心理学者の著者によると「本書は前作『パワープレイ』の姉妹編だが、自分の心をふるい立たせる心理テクニックも数多く収録したため、『パワーマインド』とタイトルを変えてある。ただし、内容はパワープレイ実践版だと思ってくれればいい」とのこと。
 筆者が注目したの「あとがき」にあった以下の記述。

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 この場を借りて、いわせてもらうと、『パワープレイ』がずいぶんと売れたために、筆者のイメージが「いつでも何か小細工をろうしている心理学者」になってしまったが、現実にはそんなことはない。筆者自身、すべてのパワープレイを使いこなせるわけではないし、はっきりいえば弱い人間である。本文中では偉そうに語っているが、まだまだ発展途上の人間だ。
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 上記の心情吐露、つまり「弱い人間」を白状しているのは果たして著者の何らかの小細工、つまりパワープレイの一種なのか。
 因みにこの場を借りて、いわせてもらうと、当ホームページで『交渉』に関する書籍を数多く紹介しているために、筆者のイメージが「いつでも何か駆け引きをしているコンサルタント」と思われがちかも知れないが、現実にはそんなことはない。筆者自身、駆け引きなど出来るわけではないし、はっきりいえば弱い人間である。
【第29回】 『パワープレイ 気づかれずに相手を操る悪魔の心理術』 内藤誼人 著(ソフトバンクパブリッシング/1575円税込)
 著者は心理学者。[著者紹介]によると「説得的コミュニケーションをはじめとする社会心理学と、精神分析をはじめとする臨床心理学の両者を得意とする」という。
 ところで本書の書名「パワープレイ」とは、「人間関係における心理戦を制するための実践的な戦略であり、実力差のある相手を屈服させようとする人にとって、きわめて有効なテクニックを総称した用語である」と定義付けられており、共感形成、バズ・テクニック、圧迫面接法…と様々なパワープレイが紹介されている。
 今でも学生弁論大会の審査員を毎年依頼される筆者にとって、興味深かったのは「AM理論から『聴衆心理』を読む」という項。以下、一部を紹介したい。

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 人は座る位置によって、どのような人かわかる。これを態度の地図(Attitude Map)の理論、略してAM理論という。AM理論を使えば、だいたいの聴衆の心理を理解することができる。なお、この理論は会議やプレゼンなど、さまざまに応用することが可能だ。

@プレゼンテーターから見て左側に座る人は、好意的で、支持者が多い
Aプレゼンテーターから見て右側に座る人は、支持的でなく、同意しそうにもない人が多い
B反対派の中心人物は、右側の真ん中に座る
Cプレゼンテーターの真正面に座る人は、理性的な態度をとりがちである
D右列の後方に座る人は、オブザーバー的な人たちで、彼らを無視すると、後で反対派に回られてしまうことがある

 「この商品は、とても素晴らしい機能を持っていると思いませんか?」と同意を取りつけたい場合には、なるべく左側に座っている人とアイコンタクトをすればいい。おそらく相手もにっこりと微笑んでくれるので、落ち着いて話を進めることができる。左側には、あなたに好意を持ってくれる人が多いからだ。冗談をいうときにも、なるべく左側を向いてやろう。右側を向いて冗談をいったりすると、誰も笑ってくれなくて気恥ずかしい思いをすることがある。
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 心理学的な分析によると、そうなのだそうだ。一方で「あなたの『最良の顔』をアピールするために」の項に以下のような記述がある。

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 私たちの顔は、右半分と左半分で微妙に違っている。私たちの感情や情緒をつかさどっているのは右脳だが、右脳は顔の左半分を支配している。そのため、感情は顔の左側のほうが豊かなのである。個人差はあるかもしれないが、どんな人も顔の左側のほうが魅力的に見えるわけだ。
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 ……。ならば、「プレゼンテーターから見て左側に座る人は、好意的で、支持者が多い」というのは、聴衆からプレゼンテーターの顔の左側が目に入るので魅力的に見えるだけなのか…?。人は座る位置によって、そのような人かわかる…。AM理論…。
【第28回】 『交渉力がつく本』 岡田 宰 著(ごま書房/1260円税込)
 本著の著者も弁護士。「交渉を苦手とする人は、一人で勝手に相手を強者に仕立てあげてしまう傾向が強い」と指摘する。
 この問題意識はイメルダ・マルコスの弁護人を務めたゲーリー・スペンスによる「彼らが裁く力を持っているのは、私たちが彼らに裁く力を与えるからだ」に通じる。

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 作家の司馬遼太郎氏によると、太平洋戦争で日本がアメリカに負けた大きな原因の一つは、「何の根拠もないのに、相手を過小評価したため」だという。司馬氏は、その原因として、「相手の大きさに対する恐怖感」があったと分析している。つまり、その恐怖感が現実に証明されることを恐れるがゆえに、日本軍は満足な情報も集めず、空想の中で“弱いアメリカ”をつくり上げてしまったのである。いわば、交渉の土俵にのぼるまえに、自分の側の恐怖感というマイナスをカバーする努力をしなかったわけである。
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 愚妻からの「痛風と診断されたくないから病院に行かないんでしょ」との一言は、正しく「その恐怖感が現実に証明されることを恐れるがゆえ」を見透かされての…。
【第27回】 『願望を実現する交渉力』 谷川須佐雄 著(カナリア書房/1470円税込)
 著者は「戦略発声法研究所」を創設して交渉コンサルタントとして活動する一方で、美術ディーラーであり、またバリトン歌手でもあるという異色の交渉専門家。
 「戦略発声法」というだけあって、面白いのは「声の“グー・チョキ・パー”を使い分けよ」という声を使った戦術の紹介箇所である。

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 声にはジャンケンと同じ“グー”“チョキ”“パー”がある。つまり、相手が“グー”できたら、こちらが“パー”。それで“パー”に切り替わったら、こちらは“チョキ”。こんなふうに対処すれば、相手に対して圧倒的優位に立てるわけだ。詳しく説明しよう。
 まず“グーの声”とは、閉じた声。防御的でくぐもった声である。「閉鎖音」あるいは、「キューゾ」と発声学では呼んでいる。感情を押し殺し、落ち着いて静かに問いかけるように話せば、こんな声になる。この声で話す人は、上唇がほとんど動かず、モノトーンで抑揚のない声になる。ニュースキャスターの筑紫哲也さんなどは、代表的だ。
 これに反して“パーの声”というのが、開いた声である。明るく開放的な声で、「開口音」とか「アペルト」と呼ばれるものだ。
 明るくハッキリと声を出すのだから、相手にも積極的な印象を与え、スピーチ向きの声であると言える。二〇〇四年の大統領選を見ても、ブッシュ現大統領も、ケリー候補も、どちらもやはり“パーの声”でアピールしていた。
 パーの声で喋る人間は、タレントにはとても多い。聞いている人には受けがいいのだが、キャンキャンと早口で話すため、頭にコントロールがついていかないことも多い。だから思わぬ失言をしてしまったり、言葉とともに行動がうながされてしまうこともある。久米宏さん、島田紳助さんなどが、そんな例にあげられる。
 以上の閉じた声と開いた声のほかに、口を尖らせて出す、鋭くとがった声がある。これが“チョキの声”であり、発声学では「尖口音」とか「アクート」と呼ばれる。
 この声は、最も攻撃的な声である。通常の声がチョキだと、どうしてもキンキン話すような感じになる。元政治家の浜田幸一さんなどは、その代表だ。
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 「これら“グー”“チョキ”“パー”を使い分ければ、交渉時の相手の態度の変化にも、柔軟に対応することができる」と著者は言う。
 実際の交渉で意識的に試すつもりはないが、他人の交渉事を覗いた時に確認してみるのも面白いかも…。
 浜田幸一は久米宏に強いが、筑紫哲也には弱い。確かに浜田幸一は森永卓郎には強そうに見えるが、きっと姜尚中には敵わないのだろう。
【第26回】 『議論に絶対負けない法』 ゲーリー・スペンス 著(三笠書房/1890円税込)
 著者はかのイメルダ・マルコスの弁護人。故イメルダ大統領の未亡人イメルダ・マルコス夫人は、フィリピン政府から二億ドルを盗んで宝石、美術品、不動産を購入した容疑などでアメリカ連邦地方検事によって起訴された。
 著者はその刑事事件の主任弁護人として争い、一九九〇年七月三日、イメルダ夫人の誕生日に、無罪の評決を勝ち取ったという。
 彼の戦いの極意の一端を垣間見ることの出来る一文を紹介したい。

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 どんな戦いにおいても勝利の鍵は、戦いをコントロールすることだ。相手をコントロールしようというのではない。私は相手が意思決定するプロセスをコントロールしようとはしない。確かに私の戦略は相手の決断に影響を与えるだろうが、相手がいつ、どこで、どんな方法で攻撃するかをコントロールすることはしない。相手の防御についてもコントロールしない。だが、勝つためには、常に自分自身の力をコントロールし、自分自身の戦争をコントロールしていかなければならない。自分自身を完璧にコントロールできた時に、戦争をコントロールできる。
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 彼の「力」に関する考察も面白い。「力を持っているものはすべて、私たちを裁こうとする。(中略)だが、彼らが裁く力を持っているのは、私たちが彼らに裁く力を与えるからだ」と喝破し、銀行を例にして「力」を説明する。

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 力を持つものに力を与えることは、銀行に給料を預金するのに似ている。口座を設ける前は、銀行は私たちに対しても私たちのお金に対しても、何の力も持っていない。私たちがお金を預けてはじめて、銀行は力を持つようになる。
 それから、私たちは自分のお金が銀行の規制の支配下にあることに気づく。銀行は私たちのお金を貸して利息をもうけることもできる。銀行が定めた一定の手続きをしないかぎり、自分のお金を取り戻すことはできない。銀行の決めた時間と場所に従わなければ、銀行に入ることもできない。同じように銀行にお金を預けた人たちといっしょに列に並ばなければならない。預けた以上のお金を引き出そうとすれば、刑務所行きになるかもしれない。銀行に預けたあと、私たちは他のたくさんの番号に付け加えられた一つの番号にすぎなくなってしまったのだ。
 要するに、いったん自分のお金の力を銀行に与えてしまったら、銀行の規則に従って、もともとは自分のものだったものを返してくれと銀行にお願いしなければならないのだ。
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 「力」は一旦手放したら、容易には取り戻すことは出来ない性格のもの。確かにその通りだろう。
【第25回】 『思いどおりに他人を動かす交渉・説得の技術』 谷原 誠 著(同文館出版/1575円税込)
 著者は本書にて「私は交渉において、勝ち負けという概念自体を捨てたほうがいいと思っているので、双方ともが勝つという概念も使用したくない」と、所謂「WIN-WIN交渉」の成立に疑問を投げ掛ける。

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 交渉は第三者が判断を下すわけでなく、双方の合意を前提にしている。
 ここで考えてみよう。あなたは交渉において、自分が負けたと認めるような内容で合意するだろうか。相手に勝たせたままで納得できるだろうか。できるわけがない。自尊心が許さないはずだ。そんな結果には、決して合意したくないはずだ。
 しかし、それは相手も同じだ。だから交渉において、どちらかが勝ったことが歴然とした内容では合意は成立しにくいのである。
 では、交渉に向けての心構えはどうあるべきか。それは、勝ち負けという考え方を捨てることだ。これは重大な意識改革だが、とても大事なことである。最近、双方が勝つという意味で「WIN-WIN」交渉ということが言われる。双方が利益を得て勝利する結果をめざすということである。
 しかし、このネーミングすら、勝ち負けを意識していると言える。「WIN-WIN」の結果が得られないとき、どのような解決方法を提示するというのか。
 今後、交渉において意識しなければならないことは、「交渉は勝ち負けではなく、ただ、自分の抱えている問題を解決するだけ」ということだ。相手との勝ち負けではない。あなたの抱える問題を解決する過程で、相手が関わっているにすぎないのだ。
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 確かに「自分の抱えている問題を解決するだけ」、交渉相手を「問題を解決する過程で、相手が関わっているにすぎない」と達観できれば、交渉は上手く進むであろう。
【第24回】 『「わたしと仕事、どっちが大事?」はなぜ間違いか』 谷原 誠 著(あさ出版/1470円税込)
 著者はまたも弁護士。「わたしと仕事、どっちが大事?」。帯には「そんなふうに言われたら……あなたはなんて言い返しますか」と記されている。
 このような問いを「二者択一誤導尋問」というらしい。
 著者は「人間は、『AとBのどちらを選ぶのか』と聞かれると、通常、どちらかを選ばなければならないような気持ちになります。その心理を利用して、誤った選択肢を設定し、そのうち一方しか選べなくしてしまうのが、この『二者択一誘導尋問』のテクニック」と説明した上で、「わたしと仕事とどっちが大事?」と問われた時に、如何様に言い返せばよいかの模範解答を教えてくれる。

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 彼氏や夫が仕事ばかりしていて自分に時間を割いてくれないときに、女性から発せられる“必殺技”があります。それが「私と仕事とどっちが大事なの?」です。これには「仕事よりも私のほうが大事なら、私にもっと時間を使うはずだ」という前提があります。
 しかし、そもそも選択肢は「同類」、つまり同じ種類である必要があります。「あの子と私とどっちと付き合うのか、はっきりして!」というのは、選択肢が同類です。しかし、「仕事」と「恋人(妻)」は同じ基準では考えられないため、同類ではありません。
 また、人が使う時間は、他にも睡眠、食事、趣味、付き合い、雑用などいろいろあって、仕事のための時間と恋人(妻)と過ごす時間の二者択一にはなり得ません。したがって、この質問も「二者択一誘導尋問」なのです。
 しかし、こんなことを説明してどうなるのでしょうか?
 私なら「比べるまでもないよ。キミのほうが絶対的に大切だ」と答えます。
 一見、二者択一誘導尋問に完全にはめられた形になっていますが、夫婦の会話や恋人同士の会話というのは、前述した通り、論理が支配する世界ではなく、感情が支配する世界です。ですから、「キミのほうが大切だ」と感情に訴えるように答えたほうがよいと思います。
 論理的に考え、話すことは大切ですが、状況を見誤ると人間関係まで壊しかねません。相手の論理は「論破」しても構いませんが、人間関係まで「論破」してしまわないよう気をつけなければならないのです。
 大切なのは、よりよい結論を導くこと。このことを忘れないでください。
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 著者は「比べるまでもないよ。キミのほうが絶対的に大切だ」を模範解答としているようですが、筆者は「君が大切だから仕事を大事にするんだ」と答えようと思っています。
 著者(谷原回答)と筆者(山本回答)、何れの回答を選ぶかは読者に御任せ致します。
【第23回】 『相手を「ウン」と言わせる交渉』 高井伸夫 著(講談社/1470円税込)
 著者は「企業専門の弁護士」。説得力に必要とされる「情」について以下のように説明している。

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 日常生活の中でよく我々は「情に(熱意に)ほだされて」という言葉を口にする。結婚の約束も、借金の申し込みに応じることも、双方の「合意の形成」。「情にほだされる」は、合意形成の普遍的な決定要素だ。もちろん、交渉においても、同じことが言える。
 「情」という字を分解すると、「心」が「青い」となる。心が青いとは、純粋無垢で誠実で、一点の曇りもないことだ。この「青い心」を掛け値なしに売るのが、交渉の原点。無垢な人柄で、損得という論理的思考と情熱という精神世界を合体させ、演出するのが交渉力である。
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 では、一方の必要条件である「論理的思考」の「理」という字は如何なる意か。この著書では説明がない。
 「理」という字を分解すると、「王」偏に「里」となる。「王」は「玉」のこと。さらに「玉」は宝石のことで、つまりは「石」。「里」は音で読むと「リ」で「離」に繋がる。つまり「理」は「石」を「離」すことであり、簡単に言うと石を割ることを指す。
 石を割る時、空手家には石に「割れ筋(すじ)」が見えるという。つまり、「理」とは石を割るために「筋」を見立てることをいう。
 つまり交渉とは、阻害要因の「割れ筋」を見立て、割れ筋に沿って情熱(青い心)という力を込めていく作業なのだと言えよう。
 「情」と「理」。ここまで説明することが出来て初めて、「相手を『ウン』と言わせる交渉力」を身につけたことになるのかも知れない。
【第22回】 『論理的で心に届く8ステップ説得術』 リズ・ウィール 著(講談社/1680円税込)
 著者は自ら「企業弁護士と連邦検察官、そしてロー・スクールで教えているという程度」と述べているやうな経歴から「国民的人気番組」フォックスニュースでキャスターのビル・オライリーの討論相手へと華々しくステップアップした女性。
 本書ではビル・オライリーとの討論の模様が生々しく紹介されている。

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オライリー ジェシカはメキシコ人で、心臓手術を受けようとして密入国した。病院は少女の命を救おうとしたができなかった。そこで両親は病院を訴えようとしている。とんでもない話だね。
私 どうしてですか。
オライリー 病院側には、手術をしなければならない義理はなかった。それなのにあえて引き受けてあげたんだよ。
私 でも引き受けたからには、正しく処置しなけrwばいけないでしょう。手を抜いては困ります。
オライリー わざと手を抜いたとでも?
私 いいえ、でも外科医はミスを犯しました。
オライリー それはそうだ。
私 医療過誤だったんです。
オライリー だが不法入国した時点で、ジェシカも母親も過ちをおかしている。
私 その通りです。でも病院は引き受けたんですから、正しい治療を行う責任があります。
オライリー 病院は間違ったことをしたわけではない、ただ能力が至らなかったんだ。母親が病院を告訴するというのは、道徳的に許せないね。病院は引き受けなくてはいけない理由もないのに、ジェシカの命を救おうとした。それだけでも、ありあまる好意だ。この国の法律も、ジェシカには心臓委移植を受ける権利はないと言っている。
私 もしもあなただったら、病院を責めないのですか?
オライリー このケースではね。
私 それはなぜですか?
オライリー 娘をそんな立場に置いたという点で、自分に非があるからだ。
私 それでは、不法入国者を手術する場合には、医者は無能であってもかまわないし、そのために罰せられることもないのですね。

 オライリーの主張の弱点が見えてきた。ここからが私の『反対尋問』だ。

私 病院は手術を引き受けたんですよね?
オライリー そうだ。
私 最善を尽くすことを約束したわけですよね?
オライリー もちろんだとも。
私 にもかかわらず、手術の担当医は血液型をとりちがえたんですよね?
オライリー それは事実だが、わざとではない。
私 だから両親は訴訟を起こすべきではないというのですよね? つまり患者の法的な地位によっては、医師や病院は何をしても罰せられないことになるんですね?
オライリー 彼女のマイクを切ってくれ!

 そしてマイクは切られた。番組始まって以来の珍事だった。
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 確かに討論番組の人気キャスターが「彼女のマイクを切ってくれ!」と叫ぶのは珍事であり、著者のいう『反対尋問』は効いたのだろう。
 ところで、彼女(著者)が「国民的人気番組」フォックスニュースでキャスターのビル・オライリーの討論相手へと華々しくステップアップしたサクセスストーリー(ノウハウ)より、ビル・オライリーが何故「国民的人気番組」フォックスニュースのキャスターになったかのサクセスストーリーに興味を持ったのは筆者だけであろうか。
【第21回】 『OK!を必ずもらう交渉術』 マーク・マコーマック 著(大和出版/1575円税込)
 著者はタイガー・ウッズ(ゴルフ)やアンドレ・アガシ(テニス)など数多くのスポーツ選手のマネジメントを手がけるIMGというスポーツ事業会社を経営してきた人物。
著者曰く「世界中のクライアントの契約とサービスについて交渉してきた」とのこと。下記の逸話は中々興味深い。

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 若い読者は知らないだろうが、十年ほど前までイギリスのゴルフやテニスの試合が日曜日に閉幕するすることはありえなかった。日曜日は安息日であり、働いてはならないのである。そのため全英オープンの最終日も、ウィンブルドンの男子決勝も、必ず土曜日に行われていたのだ。
 我が社はウィンブルドンの商業活動の代理人であった。ウィンブルドンを世界に宣伝し、アメリカに放映権を売りこむ役目を担っていた。このような立場にある以上、日曜日に決勝をやらないという伝統を見過ごすことはできなかった。(中略)
 結局、すべてを解決したのはお金だった。アメリカのテレビ会社NBCが「日曜日に決勝を行なえば、数倍の放映権料を支払う」と提案したことにより、男子決勝は日曜日に行なわれることになったのである。これにより、イギリスの大規模なスポーツイヴェントはみな日曜日に閉幕するするようになった。(中略)
 しかしNBCにとっては、戦いは始まったばかりだった。
 NBCはウィンブルドンの男子決勝を日曜日に生中継するとなると、アメリカ東海岸での放送開始時間は午前九時になってしまう。これでは大半の人は眠っているか、教会へ行く支度をしているか、新聞を読んでいる時間だ。自動車破壊レースやモトクロスでも、日曜日の午前九時に放映するということはない。
 試合を録画しておいて、日曜日の午後に放送するという手もあった。日曜日の午後なら視聴率も期待できるし、広告収入も最も高い時間帯である。しかし、これは解決法としては実に中途半端だった。生中継でなければ臨場感は失われるし、放送が始まる頃には勝者が決定しているのである。結果がわかっている試合を見ても虚しいだけだろう。これではウィンブルドンの試合を放映しても無意味なのだ。
 熱心なテニス・ファンが見てくれることを期待して、日曜日の早朝に生中継するほうがマシだった。少なくともNBCが批難されることだけはないだろう。しかし、日曜日の早朝に放映するのでは広告収入が期待できず、投資を回収できない恐れがあった。
 ここでNBCのドン・オールマイヤーは素晴らしい解決策を編み出した。オールマイヤーは「ウィンブルドンで朝食を」という一言で、すべてを解決したのだった。
 NBCは視聴者に次のように呼びかけた。
 「一年に一度の日曜日、普段とは違うことをしてみませんか。まず朝食の用意をしましょう。友人を招き、テレビのスイッチを入れましょう。そしてあなたが見るのは−−−決まりきった日常を乱すだけの価値があるものです」
 こうしてウィンブルドン男子決勝の生中継は年に一度の大イヴェントとなったのである。(中略)
 これは十数年前の出来事である。ウィンブルドン男子決勝の生中継は「ウィンブルドンで朝食を」という番組名で放映されており、現在でも人気番組だ。

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中々見事な解決策である。勿論、見事なのは著者のマーク・マコーマックではなく、NBCのドン・オールマイヤーである。
【第20回】 『交渉術の極意』 田辺愛壱 著(毎日新聞社/1680円税込)
 著者は建設省、日本道路公団と16年に亘って用地買収を受け持ってきた自称「用地屋」。
 著者曰く、「車のセールスの場合はAさんに売れなければBさんに売ればよい、Bさんが買わなければCさんに売ればよい、というようにして最終的にはノルマ台数を確保すればよいのですが、用地買収は事業用地内の土地を買うのですから、Aさんの土地が買えなければBさんの土地を買えばよいというわけにはいきません。Aさんの土地が事業用地である以上、何がなんでもAさんから買わなければなりません。用地買収の辛さはそこにあります」。確かにそうであろう。
 そして、この筆者の「交渉術の極意」は次の描写が如実に表している。

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 私が、日本道路公団の用地課長をしていたときのことです。ある公共事業と道路公団の事業とが競合していました。道路公団の用地買収の価格設定について、その起業者からクレームがありました。
 「道路公団の価格は高い。説明を聞きたい」というのです。私たちの職場に何時伺えばよいかと、大変な剣幕でした。私は、
 「いや、当方から伺います」
 といって出かけました。そのとき、課長代理も二人の係長も一緒に行くと言ってくれましたが、今回は相手が地権者ではなく、一起業者でありましたし、厭な予感もしたので敢えて私一人で出かけました。このことは、二人ペアーの原則に反します。
 案の定、担当課長のデスクに行きましたら、皆会議室で待ってますと係の人が案内してくれました。
 会議室に着くと、びっくりしました。私の予感が当っていました。七、八人だったと思いますが、膨大な資料を用意して待ち構えていたのです。相手の課長は
 「タナベさん一人ですか」
 私は努めて和やかに
 「はい、大は小を兼ねるとも言いますからね」
 と厭味とも冗談とも付かないことを言いながら、入り口の脇に置いてあった椅子を一つ抱えていって課長の真正面に座りました。この体勢では明らかに相手方の課長以外の人を無視しています。課長と私の一対一の話にしかなりません。
 この後どうなったか想像が付くと思います。細かい議論にはなりません。公団の価格決定手続きを簡単に説明して、二〇分程で終わりました。途中で退席したのでしょう。私が帰るときには三人しかいませんでした。手ぐすね引いて待っていたところ、敵がたった一人で乗り込んできたので拍子抜けしたのだと思います。
 この場合は、交渉の場を相手方の陣営にして有利に運んだわけです。当方の会議室であったならば、例の七、八人の侍が乗り込んできて、われわれは先方の質問に逐一回答することを余儀なくされていたことでしょう。
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 ポイントは「椅子を一つ抱えていって課長の真正面に座りました」という場面でしょう。この瞬間、著者、つまり用地屋はまんまと七、八人の交渉相手を一人にすることに成功したのである。
 
【第19回】 『プロ弁護士の思考術』 矢部正秋 著(PHP新書/本体720円+税)
 「日本の弁護士は、伝統的に『一つの正解』を依頼者に提示するのが普通だった」と語る著者は、「私は、依頼者からの相談には、最低三つのオプションを提示するようにしている」という。
 筆者が「正解よりも選択肢を求める」に至ったのには、ある言葉との出会いがあった。その件を御紹介したい。

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 私が何より大切に思い、何より自信を持って言えるのは、自然は飛躍しないということである。私はこれを連続律と呼んでいる。(『知の歴史』ブライアン・マギー/中川純男日本語版監修 BL出版)

 万能の天才と呼ばれた数学者・哲学者のゴットフリート・ライプニッツの言葉である。
「自然は飛躍しない」の正確な意味は知らないが、「あらゆる存在は単独で独立に存在するのでなく、連続している」と私は理解した。
 ライプニッツから私は大いなるヒントを得た。
 あらゆる事象が連続するなら、問題に対処する解決策も単一でなく、無数のオプション(選択肢)があるのではないか。
 外界の事象さえ連続するのだから、まして思考の世界では、白と黒、右と左、正と不正の中間に、無限のバリエーションがあるであろう。ライプニッツの言葉から、私はこのように考えるに至った。
 この確信こそ、自由で多様なオプションを発想する源泉である。
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 著者は続ける。「弁護士の資質のトップが、『オプション提案力』である。オプションの有無が仕事の品質に決定的影響を与えるからである」。
 「オプションの有無が仕事の品質」と言ってのける弁護士。確かに交渉相手には手強い存在であろう。
【第18回】 『表現の達人・説得の達人』 小川 明 著(TBSブリタニカ/本体951円+税)
 著者は博報堂の広告マン。世は彼を「時代読み屋」と見ているという。

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 意見とは各々固有の考えだが、それは普遍性の中での独創性をいうのであって、それ故に共通の土俵の中で光を放つ。
 だから、興味をひくものの正体は、この光の中にあることになる。
 そして、この光のベクトルを相手に感知させ、相手の中にも光をともすことがここでいう共感を得ることに他ならない。
 このようにいうと少しカッコウがつきすぎるので、別の言葉でいえば「共犯者をつくる」といってもよい。
 鹿が谷ではないが、共謀・陰謀というものも、実は一定のテーマに興味をいだいた人間が集って企みを共に楽しんでいるのであり、その中身がどちらの方向を向いているかの違いがあるだけで、同じ共感の体系を形づくっていることに変わりはない。
 人間、悪いことを考えると愉しくなるという側面を善用すればよいのである。
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 「共犯者」という言葉にはドキッとさせられるが、確かに交渉相手が何時の間にか「交渉」の過程で共同作業の相棒になっているような感覚になる場合も少なくはない。
 「共犯者」とは言い得て妙である。
【第17回】 『交渉力をつける』 今北純一 著(日本経済新聞社/本体1300円+税)
 著者が欧米的ネゴシエーションの迫力をはじめて教わったのは日本の鉄鋼メーカーで海外との商談を専門に手がけていたO氏からだったという。この件が中々面白い。

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 ある時、O氏が何げなく皆にした話は、私には強烈だった。
 それは、O氏が、アメリカの会社との間の技術提携に先立って、米国の鉄鋼市場を調べるべくピッツバーグに出張した話だった。O氏は、その市場調査をコンサルタントに委託しようと、一人の男とアポイントを取ってあった。それまで、いくつかの調査会社ともコンタクトをして、提案書を取り寄せていたが、どれも気に入らず、結局、一人でコンサルタントをやっているその男の提案書が一番しっかりしていることから、「彼にやらせてみよう」と腹では決めていたのである。残るは、調査費用の交渉だけ。というのも、この一匹狼のコンサルタントが、提案書の中で提示してきた調査予算は、大手の調査会社のものより、かなり高めだったからだ。
 調査のテーマ、情報の集め方、資料の分析方法、報告書の提出期限などを念入りに討議したあと、O氏がおもむろに切り出した。
 「ところで、調査費用だが、もう少し安くならないだろうか」と。
 すると、それまでホテルのロビーの一角に陣取って、小声で打ち合わせをしていた調子から一転して、相手の男は、O氏を凝視したまま、きっぱりとこう言った。
 「ミスターO、あなたは大企業に勤めていらっしゃる。私は、一人きりの会社でやっています。(大企業に身を置く)あなたの立場で、(個人商店をぎりぎりのところで運営している)私と値切り交渉するような真似はやめて下さい」
 居直りともとれる相手からの突然の反撃に虚を衝かれた格好のO氏に、さらに追い打ちをかけるように、その男はすっとソファから立ち上がったかと思うと、腰のポケットから、薄っぺらい財布を取り出し、テーブルの端でペンペンと叩いてみせた。空っぽではないにしても自分の財源は乏しい。あなたが働いている大企業からすれば、痛くも痒くもない雀の涙のような調査費用を、あなたは単なる一個人の私を相手に交渉して削ろうというのか。それはないでしょう。そうアピールするために、この男一流のデモンストレーションである。
 O氏は、歌舞伎役者顔負けのこの男の演技と、体を張った自己防衛の論理に、アメリカという競争社会で自分の力だけを頼りに生きる、一匹狼の素顔を読み取った。そして、この男に、大事な調査を委託したのだった。むろん、調査費用はびた一文削らなかった。約束通り、五週間後にアメリカから送られてきた報告書には、期待以上の情報が詰まっていた。
 O氏は、報告書に目を通しながら、ピッツバーグのホテルのロビーでのやり取りを思い出していた。
 そして、男が言った台詞は、実は、「あなたは大企業で安泰の身、私はすべてのリスクを一身に背負っている身。あなたにとっては遊びみたいな交渉かもしれないが、私にとっては、命がけの交渉なんだ。遊びと真剣勝負を一緒にされたのではたまらない」という意味だったのではないかと、O氏に思えたという。
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 因みにこの「一匹狼」のコンサルティング会社とはアメリカにある会社であって、決して弊社のことではない。悪しからず。
【第16回】 『ともに勝つ交渉術−こうやれば対立は合意に変わる』 フレッド・E・ジャント/ポール・ジレット 共著(日本実業出版社/本体1600円+税)
 著者は交渉者を「位置付け型」と「利益型」に分類する。「位置付け型」交渉者を「ある要求(つまり、ねらっている「位置」)をはっきり表現し、相手をこちらの要求にどのくらい同意させたのか、その度合によって成功度を評価する」とし、一方の「利益型」交渉者を「相手の発言の背後にある《本当の》要求をさぐろうとする」としている。
 さらに「『負けるが勝ち』でいけるか?」と読者に問いかける。「[負けるが勝ち]式は現実に可能だろうか?相手の思いどおりにさせて、こちらが最大の利益を上げることなどできるだろうか」と問うのである。
 そして無条件降伏の真価を示した例として、「アイゼンハワー総長の英断」というエピソードを紹介している。

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□ コロンビア大学といえば、ドワイト・D・アイゼンハワーが総長をしていた一九四〇年代の後半の話をここでしてみよう。
 「芝生に入るべからず」の立て札を学生がどうも無視しているようであった。芝生は何回も植えかえてみた。立て札も大きくした。芝生を守るために小さなフェンスなどもつけてみた。管理者側が、こうしたありとあらゆる手を打ったにもかかわらず、学生は相も変わらず、歩道をわざわざ避けて建物から建物への最短距離である芝生ルートを歩いていた。そのうちに芝生がすり減って、道が出来てしまった。とうとう管理者側も「あそこじゃ、二度と芝生は出てこない」と思うほどがっくりしてしまった。
□ あの手この手を尽くしてはみたが、うまくいかず、あげくのはてに、アイゼンハワーに相談が回ってきた。総長いわく、「答は簡単じゃよ。芝生がすり減って道になってしまった所に歩道をつけて、歩道だった所へ芝生を植えればいいんだよ」
□ つまり、アイゼンハワーはよくわかっていた。この対立の最高の解決法は、学生に無条件降伏をすることである。学生が決めた道のほうが、エンジニアや設計者が設計・設置した道より、はるかに効率がよかったのである。
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 ここで「設計者が歩道を敢えて迂回させた理由が実はあったのではないか」「総長はそれに気付いていないのではないのか」などと無粋に考えるのは「位置付け型」交渉者の証しなのであろうか。
【第15回】 『「心理戦」で絶対負けない本 実戦編−説得する・支配する・心を掴む』 伊東 明/内藤誼人 共著(アスペクト/本体1600円+税)
 著者は「すべての戦いは心理戦である」と言い切る。「人の心の法則を知り、その法則を利用することで戦いに勝ち抜くことができる」と読者を誘うのである。
 本書で興味深かったのは「視線」。会議が静まり返った時に有効なテクニックが紹介されている。

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 カルマという心理学者が興味深い報告をしている。彼は、三人のグループを作らせて討論を行わせたところ、実は討論の話し合いを決めているのは、リーダーの「視線」であることに気がついたのである。つまり、リーダーの視線が会話を支配しているのだ。カルマは次のように述べる。

▼リーダーは話してもらいたいと願う人に、自分の視線を向ける。そしてリーダーと目を合わせた人は、とにかく何かを話そうとする

 この原理は非常に守備範囲が広い。とにかく相手を見つめるだけで、相手は何かの意見を発表しないといけない気分になるというのであるから。優秀な議長ほど、視線を向けるだけで参加者の意見を引き出すことができるというのは、実験から確かめられたことなのである。
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 続けて以下のような例が紹介される。

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 イギリスのサッチャー首相は、視線でインタビューをコントロールしていたことで知られている。つまり、どの人に質問をさせるか、いつ自分で回答をするか、いつインタビューを打ちきるか、といったことを、視線だけでやってのけたというのである。
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 サッチャー女史の域にまで達すれば、もはや「天晴れ」という他ない。
 そういえば本書のブックカバーにデザインされている「眼」のマークが気に掛かってきたのは気のせいだろうか。弊社が本書を書評に取り上げるに至ったのも、この「視線」の術中に嵌った結果であるのなら、それこそ「天晴れ」である。
【第14回】 『「心理戦」で絶対負けない本−敵を見抜く・引き込む・操るテクニック』 伊東 明/内藤誼人 共著(アスペクト/本体1600円+税)
 著者曰く「心理学では、私たちが人生で経験するミスや失敗のことを『窮地(predicament)』と呼んでいる」。この窮地に陥った時のダメージを最小限に抑える技法として「防御的印象操作」なるものが紹介されている。この「防御的印象操作」とは一体何か。
 著者は続ける。「防御的印象操作のメインとなるのが、『言い訳(account' 弁明と訳すこともある)』である」。
 「言い訳」というワードを「防御的印象操作」に置き換えてみると、何となく今後は言い訳をし易くなってきそうで面白い。そして著者はこの「言い訳」を丁寧に分類し考察してくれている。

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 無数にある言い訳も実はいくつかのタイプに分けられる。言い訳に関する数々の実験・調査から明らかになったのが次の基本公式である。
 
 言い訳=「自分の責任を認めるか否か」×「行為の悪質性・行為による被害を認めるか否か」

 まず、自分の責任も行為の被害もまったく認めないのが「否定(denial)」というタイプである。よく政治家がやる「そのような事実はいっさいございません」というのがそれだ。とにかくすべて(そのような事件があったこと自体も)を認めないのである。
 自分の責任は認めるが、行為による被害は認めないのが「正当化(justification)」である。たとえば、スピード違反をした時に「確かに八〇キロ出していたが、流れに乗っていただけで、それくらいのスピードを出さなければむしろ危険だった」というものや、援助交際で捕まった女子高校生がよく言う「誰に迷惑をかけたわけでもない。むしろ相手は喜んでいるのだから……」といったセリフがそれにあたる。簡単に言えば、「確かに自分がやったが、それがどうしたというのだ」というところである。
 自分の責任は認めないが、行為による被害は認めるのが「弁解(excuse)」である。「酔っぱらっていて、全然覚えていないんです」と酒のせいにしたり、(約束を忘れた時などに)「具合が悪くて、起きられなかったんだ」と体調のせいにしたりするのがそれだ。簡単に言えば、「確かにあなたに迷惑をかけてしまったが、仕方なかったんだ」というところである。
 そして、自分の責任も行為による被害も認めるのが「謝罪(apology)」となる。
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 なるほど単に「言い訳」といってみても、このように考察していくと中々奥が深い。これなら「謝罪」も言い訳の一種ということも理解できそうである。
 ただ弊社ホームページを御覧頂いた各位がビジネスシーンの中で窮地に立たされた時に「これは言い訳ではない。単なる防御的印象操作に過ぎないのだ」などと開き直って大失敗をしたところで、弊社は責任を負いかねる。
 「防御的印象操作」という言葉を紹介した本書をホームページの書評で取り上げたのは確かに弊社ではある。しかしそうであっても、「防御的印象操作」という言葉を紹介したのは弊社でない。あくまで本書の著者に違いない。そもそも「防御的印象操作」というワードは@#◆☆……。
 この辺りで御覧の各位に質問したい。これは果たして弊社の「正当化」だろうか、それとも「弁解」だろうか。
【第13回】 『最後に思わずYESと言わせる最強の交渉術』 橋下 徹 著(日本文芸社/本体1200円+税)
 著者はテレビなどにも頻繁に出演していた著名な弁護士、というより今や大阪府知事となった。「巷間耳にする心理学者や大学の先生方が書かれている交渉論とは一線を画す、より実践的な交渉術であると自負している」「実際の交渉では、机上の交渉理論をいくら持ち出しても、まったく役に立つことはない」と語気も激しい。
 「私が携わる示談交渉の仕事とは、相手がどんな手ごわい人間であったとしても、依頼人の意向を汲んで、こちらに有利な条件で交渉をまとめあげることである。そのためには、黒を白と言わせるような、さまざまなレトリックも使っていく。まさに、詭弁を弄してでも相手を説得していくのである。場合によっては、“言い訳”や“うそ”もありだ」と著者は言い切る。
 そして本書の核心は何と言ってもレトリックによる利益、つまり「架空の利益」という考え方である。

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 交渉において相手を思い通りに動かし、説得していくには、はっきり言って三通りの方法しかない。それは、“合法的に脅す”“利益を与える”“ひたすらお願いする”の三つだ。そのなかでも、最も有効なのが“利益を与える”である。
 この場合の利益には二通りある。一つは文字通り相手方の利益。もう一つは、実際には存在しないレトリックによる利益だ。言い換えれば、不利益を回避できることによって生じる“実在しない利益”とも言える。実際の交渉では、後者の利益を強調しながら相手を動かすことが重要だ。
「今回の交渉で私たちの主張にのってもらえなければ、これだけのデメリットがありますよ」
 と相手方に提案する。直接的なメリットを回避できることで相手方にはプラスとなる。そんなレトリックを駆使した、“仮想の利益”“架空の利益”を与えるわけだ。
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 相手を思い通りに動かすことのできるような「架空の利益」を想定し、提示していけるような交渉が可能となるには相当の場数が必要であろう。
 「私自身が実践し、体得してきたノウハウをみなさんにご紹介する」と著者が意気込む気も分かる。
 著者はまた「交渉とは不満足の分配作業だ」とも語っている。実践から得られた境地なのであろう。頷けるフレーズである。
【第12回】 『説得技術のプロフェッショナル』 伊東 明 著(ダイヤモンド社/本体1600円+税)
 著者は本書の冒頭で「考えるべき問題がひとつある。『相手をこちらの思うとおりに動かして、それで万事うまくいくのか』ということだ。本当にそれだけで効果的なコミュニケーションが完成したと言えるのだろうか」と読者に疑問を投げ掛ける。
 そこで紹介されるのが「自己説得」という手法である。

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 質問されただけなのに、相手の思い通りに動かされてしまう。話を聞いてもらっているうちに、相手の望む方向へと気持ちが誘導されてしまう。これは社会心理学で「自己説得」(self-persuasion)と呼ばれる効果のなせるわざである。
 自己説得というのは聞き慣れない言葉かもしれない。そこで簡単に定義を試みると、次のような言い方をすることができるだろう。
 ・自分で自分を説得するように仕向けること
 ・他者の言葉ではなく、自分の言葉で自分を説得してもらうこと
 この自己説得と反対なのが、「他者説得」だ。一般的な説得のイメージ、もしくは、我々がふだん行おうとしているやり方のように、こちらの意見や言葉で相手を一方的に説得する方法である。
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 著者は「自動車セールスの場合」として、効果的な自己説得を説明している。

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 「お客さまは、数ある自動車メーカーのなかでも、どうしてうちのクルマに目を留めてくださったのでしょうか?」
 一見、このA社のセールスマンは妙な質問をしていると思われるかもしれない。ところがこの意外な質問から自己説得が始まるのだ。
 質問された顧客は「そういえばどうしてかな?」と、A社のクルマの優れた点を考え始める。
 「信頼性があると思うから」
 「先進的でスポーティなイメージに魅力を感じるから」
 「デザインがシンプルで飽きがこないから」
 こうして顧客は、A社のクルマの良さを自分で自分に売り込み始める。セールスマンは、「ありがとうございます。さすがお客さま、よくお気づきですね。おっしゃるとおりなんですよ」と顧客の意見に賛同するだけでよい。これでA社のクルマの良さが顧客のなかでアピールされる。これが自己説得というものの強さなのだ。
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 さて、弊社ホームページを御覧頂いてる各位に是非とも御尋ねしたい。
 「数あるコンサルティング会社のなかでも、どうしてうちのホームページに目を留めてくださったのでしょうか?」
【第11回】 『ビジネス交渉と意思決定−脱“あいまいさ”の戦略思考』 印南一路 著(日本経済新聞社/本体1700円+税)
 本書では随処に「アンカリング」というワードが出てくる。著者は、この聞き慣れない「アンカリング」というワードを語の由来から説明を始める。

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 海上では、船は流されないように、錨を降ろす。錨を降ろせば、一定範囲でしか動かなくなるからである。逆にいうと、錨を降ろすことによって、動ける範囲も自然と限定されてしまう。人間の判断においても同様で、情報が不十分な状況では、提供された情報、または自分で持っている情報(記憶)に判断の錨を降ろして、それから個別具体的な調整をしようとする。この無意識なプロセスを、意思決定論では、アンカリングと調整(Anchoring&adjustment)という。
 たとえば、経営者として、次年度の売上高を予測しなくてはいけないとする。この場合、一般的な方法としては、まず、今年の売上高をまず基準にして、次に調整要因を考え、その予想できる変化(たとえば、一般の経済状態、宣伝戦略、競争相手の反応など)をもとに、数字の調整をしていくであろう。
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 著者はさらにアンカリングの判り易い例として、電機製品の「メーカー希望小売価格」を挙げている。

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 安売り店などでは、このメーカー小売希望価格をわざわざ出した上で、赤線などで消し、販売価格を提示することが多い。これは、消費者の判断をいったんメーカー小売希望価格にアンカリングし、小売価格をより安く感じるように誘導している例である。このような例は価格表示にきわめて多い。メーカー小売希望価格を出さずに、セールスマンが価格の割安さを訴えることに比べた場合、このほうがはるかに効率的である。
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 本書では言及されてはいないが、この例では、「メーカー小売希望価格」というものが、販売者の設定した価格でなく、消費者からは「第三者」として当然視されている製造者の設定した価格であることが、さらにポイントとなっている。
 事実は何であれ(製造者と販売者の両者によって意図的に小売希望価格が設定されているとしても)、第三者による客観的とされる「基準」に降錨点が設定される、つまりアンカリングされていては、消費者もその降錨点から一定の範囲内での調整(価格交渉)を余儀なくされることになってしまうのは確かであろう。
 「アンカリング」。交渉では有効であり、且つ警戒しなければならないテクニックに間違いない。
【第10回】 『無理せずに勝てる交渉術』 G・リチャード・シェル 著(TBSブリタニカ/本体1600円+税)
 本書では「基準」という切り口で交渉を捉えることを教えてくれる。「一貫性の原理」「原則のレバレッジ」と自論に説得力を持たせるのに有効と思わせる言葉が次から次へと紹介される。

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 自分の行なう交渉に合った「基準」を見つけ、それを軸にしてどうすれば自分の論旨をうまくアピールできるかをきちんと考えておけば、交渉の場で自信をもって主張することができる。自分の望むものについて主観的な評価をするにとどまらず、もっと踏み込んだ説明ができるからだ。このように、客観的な「基準」を提示することは、目標達成へ大きく近づく一歩になる。
 もちろん、相手が提示してくる「基準」に応える準備もしておかなくてはならない。交渉で使われる客観的な「基準」にさまざまな解釈の余地がある場合(たいていの「基準」がそうだ)、相手は最も都合のいい解釈をあてはめようとしてくるからだ。
 交渉を準備するときは、入手できるうちで最も説得力のある「基準」を利用して目標の達成をめざそう。では、最も説得力のある「基準」とは何だろうか。いちばん効果的なのは、理にかなっていると相手側も思わず納得するような「基準」、あるいは過去に相手側が使ったことのある「基準」だ。
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 自分が以前に表明したモットーや社会における伝統的な基準、広く受け入れられている常識などと自分の行動が明らかに矛盾することを避けたいという傾向を、心理学では「一貫性の原則」というとのこと。著者は続ける。

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 「一貫性の原理」が交渉にもたらすものを、私は「原則のレバレッジ」と名づけた。「原則のレバレッジ」とは、利益を得たり立場を守るために「基準」や主張および行動の一貫性を利用することだ。こちらの掲げる「基準」が理にかなっていると相手に納得させることができ、しかもそれが双方の主張の食い違う点に関係する「基準」である場合、「原則のレバレッジ」は最大の効果を発揮する。
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 確かに「原則のレバレッジ」は有効のようである。ただ時に自分も「原則のレバレッジ」に拘束されるこにもなるのだろう。誰もが「一貫性の原則」からは抜け出しきれないものである。
 最後に著者がパシュトゥーン族の言い伝えを紹介している。交渉の要諦とは正しくこのようなものであろう。

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 甘すぎたら食い物にされるし、苦すぎては吐き出される。
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 至言である。
【第9回】 『公平分割の法則−誰もが満足する究極の交渉法』 スティーブン・J・ブラムス/アラン・D・テイラー 共著(TBSブリタニカ/本体1800円+税)
 著者は冒頭から「『公平』とはいったい何を意味するのだろう。公平を求めることなど、対象が何であれ、この厳しい競争社会では世間知らずもいいとこで時代にそぐわないのではないのか。なぜ、誰もが勝利をめざしてはいけないのか。妥協などせず、交渉の際は厳しく臨み、相手を打ち砕くほうがよくはないか」と読者が容易に思い描くであろう疑問を投げ掛ける。
 本書では公平分割の方法として「交互取り」「分割選択」「勝者調整」の三つを紹介しているが、最初に紹介される「交互取り」の箇所で早くも冒頭で紹介した読者の疑問が払拭させられてしまう。
 「囚人のジレンマ」。ゲーム理論のために一九五〇年代につくられたというパラドックスによって、読者の信じていた「合理化」という或る種の信仰が崩壊させられるのである。

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◎囚人のジレンマ
 共犯容疑のかかっている二人が捕らえられて、それぞれ独房に閉じ込められ、互いに意思の疎通ができないようにされたとする。少なくとも片方が自白しなければ、地方検事は彼らに有罪の判決を下すに足る確証を得られない。自白を引き出すために、地方検事は彼らめいめいに次のような共通の処置を伝える。
(1)もし一人が自白してもう一人が自白しないならば、自白したほうは取り調べに協力したかどで釈放される。しかし、自白しないほうは懲役一〇年の刑に処せられる。
(2)もし両者とも自白すれば、両者とも懲役五年に減刑される。
(3)もし両者が黙秘を続けるなら、二人とも凶器不法所持で懲役一年の刑に処せられる。
 二人とも相棒を「密告」することにやましさを感じていなければ、彼らはわが身を救うためにどうすべきだろう。まず、もし一人が自白するなら、もう一人も自白して、一〇年よりも五年の懲役をくらうほうがましだ。一方、最初に尋問された容疑者が自白しなければ、次に尋問されたほうは犯行の事実を吐いてしまって釈放されるほうが、一年間刑務所で暮らすよりもましだ。したがって、最初に尋問されたほうがどういう態度をとろうと、次に尋問されたほうは自白したほうが得であり、合理的な選択と言える。同じことは、最初に尋問されたほうにも言える。
 問題は、両容疑者ともこの論理にしたがって共に自白すれば、二人とも五年の刑を受けるということだ。他方、二人とも黙秘すれば、共に一年の刑ですみ、そのほうが両者にとって得である。だが、相棒を密告すればつねに結果はよくなる(懲役年数が減る)ことを考えれば、黙秘するのは合理的な選択ではないだろう。

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 巧妙な計算に基づく最適な選択戦略が、必ずしも自己にとって合理的な結果になるとは限らないことを本書は教えてくれる。
【第8回】 『NYPD No.1ネゴシエーター最強の交渉術』 ドミ二ク・J・ミシーノ 著(フォレスト出版社/本体1300円+税)
 著者プロフィールに「NYPD(註:ニューヨーク市警)在職中に、人質の解放や自殺志願者の説得など、さまざまな難局をその類いまれなる交渉手腕で解決へと導く。なかでも1993年、ハイジャックされたルフトハンザ航空592便から、人質になった乗客と乗員104人全員を無事救出した事件は特に有名」とある。
 著者曰く交渉には[交渉][記録][決定]の三つの役割があるという。

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 これらはどれも同じく重要だ。あらゆる交渉にこの3つが絡んでくる。妻や夫と今夜見るテレビ番組を決める場合でさえ例外じゃない。
 1人で交渉を行なうときも、いや、1人で交渉するときこそ、交渉を成功させるには3つの異なる作業が必要だと覚えておくといい。
 ここから、交渉を成功させる基本原則が導かれる。
「交渉に入る前に、各役割の内容を明確にし、理解しなくてはならない」
 言い換えれば、こういうことだ。
・交渉役は決定を下さない
・決定を下す者は交渉を行なわない
・他の仕事に首を突っ込まない
 社会が得意なら、三権分立を思い描くといい。人質交渉の柱ともなるものだが、もちろん日常生活にも当てはまる。
 記録係と交渉役の役割の違いはわかりやすい。だが、交渉役と指揮官の役割分担を理解するのは簡単じゃない。両者とも任務にあたっては、自分が発言を仕切らなくてはと考えてしまうからだ。これはプライドの問題にもなり得る。私が自分をスーパーヒーローとなぞらえたよりも始末が悪い。
 決定に客観性を期すには、この役割分担が必須となる。
 おまけに有効な戦術にもなる。最終決定者(ボス)と交渉役を分ければ、交渉役の小道具が1つ増える。これは相手と信頼関係を築くのに使える。
 例えば、「私たちは、お互い真剣にこの問題に取り組んできた。そろそろ、このあたりでボスにかけ合ってみたらどうだろう?」という具合に。
 また、指揮官を悪者にする手もある。
「参ったよ。私に権限があれば、車をここの玄関まで持ってくるんだがな。君の逃走用に、ガソリンを満タンにして、トランクに100ドル札の束を詰め込んで。ただ、ボスが首を縦に振らないんだ……」
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 またもや「権限」と「責任」の問題が浮上してきている。「権限」をどこまで委譲されて交渉に臨んでいるのか。また「権限」をどこまで制限されて交渉に臨んでいるのか。
 自分と相手の間合いによって、交渉の中では時に架空の「指揮官」を設定することで自らの「権限」の範囲を調整してみせるのも手法の一つなのだろう。
 何れにせよ誰か(依頼人)の代理として交渉に当たる場合は「権限」を大きく委譲されている方が調整幅も広がる。やはり「大は小を兼ねる」のだ。
 ただその分「責任」が大きくなることは忘れてはなるまい。その「責任」を背負う覚悟があってこそ、交渉に当たる資格を有するのであろう。
【第7回】 『「落とし処」の研究−実践・交渉学入門』 大西啓義 著(ダイヤモンド社/本体1600円+税)
 「『智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい』とは文豪夏目漱石がその小説『草枕』に記した冒頭文である」。著者が文中で紹介している。
 交渉学に於いて「Both=win」という考え方がよく紹介されている。「『他人もよし、自分もよし』つまり、一方が勝ち、片方が負けるという従来のあり方でなく両方が勝つ」というもの。
 それを著者は「落とし処」という表現で説明を試みる。この「落とし処」という表現を示すだけで、読者は交渉の何たるかを悟ることになりそうである。
 興味深かったのは「相手の権限を読め」という箇所である。「目の前の交渉相手には権限があるのか、ないのか。あるとしたらどこまであるのか。交渉においては当然ながら交渉相手の権限の有無が問題となる」と指摘して、三菱・クライスラーの提携交渉でのエピソードが紹介されている。

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 三菱側では、会社の命運をかけたこの交渉には、トップの権限を持つ牧田与一郎氏(当時副社長)を交渉団の責任者にあてた。そしてその後、具体的な両社間での交渉が始められたのだが、クライスラー側の交渉団が初めて牧田氏と会ったときのことである。
 クライスラー側のリーダーは、ロルフという一八〇センチを超す大男だった。見るからに威圧的で、しかも交渉にかけては百戦錬磨の達人。普通の日本人であれば、頭上からにらみつけてくる彼をひと目見ただけで、その威圧感に気おくれしてしまうほどの人物であったという。
 しかし、牧田氏の対応は見事であった。そんなロルフにひるむことなく、堂々と受けて立った。しかも、牧田氏はロルフとクライスラー社のトップとの関係などを聞き出し、彼が極東地域のマーケティング部長にすぎないことを知った。そこで、牧田氏は即座に、三菱の組織のなかでロルフと釣り合いのとれる役職にある人を呼び、二人の間で話し合いをするように指示した。対等な立場で交渉を進めるためには、お互いの権限レベルの同じ者同士が話し合いをすることが筋である。三菱の副社長としてトップの権限を持つ自分と、方や極東地域のマーケティング部長にすぎない彼との間での交渉を三菱が認めれば、三菱はクライスラーよりも格下であることを自ずと認めることになる。そうなればその後の交渉にも大きな影響が出てくる。牧田氏はそう考えたのであろう。
 クライスラー側は、すっかりこの対応に恐縮してしまい、さっそくデトロイト本社の副社長の二人を日本に派遣し、交渉のやり直しを図ることにした。ここで初めて本格的な交渉が開始されることになったのである。
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 「権限」と「責任」の問題も重要な視点の一つ。「責任」からなるべく逃避することを図りながら「権限」のみを行使したがるケースはごまんとある。
 「権限」を振りかざそうとする相手には「責任はとって頂けるのですよね」との一言を突きつけてみると、案外効果があるかも知れない。 
【第6回】 『説教するな。説得しろ!』 佐々木宏 著(東洋経済新報社/本体1200円+税)
 著者曰く「嫌われる『説教人間』に、好かれる『説得人間』」。広辞苑によると説教は「宗教の教義・趣旨を説き聞かせること」とあり、説得は「よく話して納得させること」とあるという。
 本書では「説得の方程式」として、十のステップを挙げているが、そのうちの八つ目で「順番を考えろ。思いつきで語れば説教になる」と教えている。
 ここでは心理学でいう《フット・イン・ザ・ドア・テクニック》と《ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック》が紹介されている。
 《フット・イン・ザ・ドア・テクニック》とは、「最初に相手に受け入れやすい条件を提示し、徐々に条件を難しくするもの」とされ、さらに本書ではコラム風に判り易く説明されているので、以下紹介したい。

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 「お客さん、今月は強化月間なんで、いま三ヶ月契約してもらえると、巨人戦のチケットまでつけちゃうよ」
 初めて会った新聞拡張員。素直に聞く義理はないが、出されたオファーには気持ちが揺らぐ。「三ヶ月だけなら」ということで契約。ところが、その判を押したのを見計らい、次なる攻撃がふりかかってきた。
 「もう三ヶ月契約して半年にしてもらうと、コーヒーメーカーなんかもつけますが」
 「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」の術中にはまり、半年契約を結んでしまった。
 ある年、例によって新聞拡張員がやってきた。ビール券を出しながら、一年間の契約がほしいという。丁重に断ると、「じゃ、せめて半年だけでも」と、後に引かない。こんなとき、ふと幼児期に刷り込まれた記憶が甦る。
 「“人”という字は、人が支え合うようにできているのよ」
 一度は断った赤の他人のお願いも、二度目となると気が重い。それでも勇気を振り絞り(?)二度目の依頼も断ると、
 「わかりました旦那さん。じゃあ、なんとか三ヶ月だけでも助けてくださいよ」
 わかったんなら帰ってくれよと言いたいが、さすがに三度目になると簡単には断れず、ついつい判子を押した経験もなくはない。
 これは「ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」と呼ばれるテクニックで、拒否されることを見越して最初に大きな要求をし、断られた時点で小さな要求を提示するもの。三ヶ月の契約は、拡張員の最初からの落としどころなのである。天晴れあっぱれ。

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 問題は相互依存関係にあるか否か。《フット・イン・ザ・ドア・テクニック》や《ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック》のテクニックもあったのだろうが、拡張員のオファーに一定の依存度を生じさせる効果があったか否かという見方も出来るのだろう。
 ただ何れにせよ新聞拡張員が確かに「天晴れ」な交渉人であることは間違いない。
【第5回】 『交渉力』 中嶋洋介 著(講談社現代新書/本体660円+税)
 著者はのっけから「一個しかオレンジがないのに、二人がオレンジを手にしたいと思っている時、どのようにしてオレンジを分けるのか考えてみたい」と読者の姿勢を前のめりにさせる。
 そして「オレンジ一個をめぐる交渉でも着地点は一つでない」として、以下のように複数の着地点があることを読者は知らされる。
 @一人だけが手に入れる。(コイン・トスなどでの権利者の選出)
 Aオレンジを二つに分割して分ける。
 Bオレンジを手に入れる方が、代わりにブドウを差し出す。
 Cオレンジの皮と身を分ける。
 上記のように「やり方によっては利害対立を相互依存関係に変化させることができる」と著者は教えてくれる。本書では、交渉を「依存度」という切り口で説明している箇所が特に秀逸である。

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 交渉力(バーゲニング)は、交渉相手への依存度(相手を必要とする度合い)によって決まる。交渉当事者間の交渉相手への依存度の大きさの関係を“力関係(パワーバランス)”と呼んでいる。売買関係は、典型的な相互依存関係であるが、売り手と買い手のパワーバランスは、その時の相手への依存度によって決まる。一般的には、交渉相手への依存度が低い、選択肢の多い方がより大きな交渉力を持つ。「条件さえ合えば、購入してもよい」と考える購買者の方が、「どうしても、買ってもらわねばならない」と考える営業側より大きな交渉力を持つのはこのためである。
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 「交渉力(バーゲニング)は、交渉相手への依存度(相手を必要とする度合い)によって決まる」。正にその通り。頷ける。そして続けて著者は「依存度」を理解させようと、以下のように説明する。

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 交渉相手への依存度の他に、交渉当事者の保有する社会的な力を含めた存在そのものが交渉力(バーゲニング)の源泉として働く。個人場合であれば社会的地位・資産・親会社・株主・銀行などであり、国家の場合であれば経済力・軍事力・同盟国などが交渉力の源泉となる。
 しかしながら、このような交渉当事者の固有の力も、当事者間に相互依存関係が存在しなければ、なんの影響も与えることはできない。また、相互依存関係が存在したとしても、直接的な関係がなければほとんど影響を及ぼさない。
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 この後の件が面白い。

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 空港のカウンターで「俺は大会社の重役だぞ。責任者を呼べ!」とどなって、なんとか席を取ろうとしている御仁に交渉力がないのもこの場合と同じである。航空会社やカウンターの係員たちとの間に相互依存関係がなければ、交渉に影響力は及ばないのである。
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 確かにそうである。「依存度」。必要な切り口であることに間違いないであろう。
【第4回】 『説得の法則−情報を武器にする』 唐津 一 著(PHP新書/本体660円+税)
 自分と異なる考えを有する相手を「説得する」というのは実に難儀なことである。論理、理屈、整合性、エビデンス(証拠)…と畏まって仕舞いがちであることは、論を俟たないだろう。
 本書では「古い脳に働きかける」という説得技術の一つを紹介している。
 著者によると、大脳生理学という学問では、論理を司る前頭葉を「新しい脳」、情緒を司るのは前頭葉の後ろにあって「古い脳」とされているらしい。
 一般的には相手を「説得する」には論理に訴えようとするのであるが、ここで著者は「我々の行動のほとんどは論理的思考ではなく、無意識の領域で行なわれている」として、「説得するということは、古い脳にこちらの思いをインプットすること」と断言し、以下のように論を進める。

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 厄介なことは、こちらの思いを古い脳に押し込めるのには、その前に新しい脳を通過しなければならないことだ。新しい脳は論理的なので、一番よいのは理屈で押し通すことだが、それでいくと、今度は目的地である古い脳の部分で門前払いを食ってしまう。古い脳は感情レベルなので、理屈がわからないからだ。
 理屈だけで相手を説得できたと思った瞬間、相手は「理屈ではお前のいう通りだが、この野郎、腹が立つ」と感じて、決して納得しないのだ。たとえば、世の母親たちは勉強しない子供に向かって、よく理詰めで説得する。「今、きちんと勉強しておかないといい大学に入れない。いい大学に入れなければ、希望の職場や職業につけない。それが嫌なら、だらだらしていないですぐに机につきなさい」
 しかし、この説得が成功したためしはないのだ。新しい脳では、論理的に考えて、勉強しないことのデメリットを十分理解している。だから、新しい脳の領域はうまく通過できる。しかし、古い脳はこの論理をはねつけてしまうので、どうしても机に向かう気がしない。つまり、「わかっちゃいるけどやめられない」という状況になるのだ。
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確かに「わかっちゃいるけどやめられない」という経験は誰にでもあろう。続けて著者は読者の皆が抱く疑問にこう答える。

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 では、どうすればいいのか……という問題だが、一筋縄ではいかない、気難しい古い脳を思うがままにするには、面白いしかも基本的な方法があるのだ。
 いつもは生真面目で冗談一ついわない無口な人が、お酒を飲むと人が変わって、陽気になったり、饒舌になったりすることがあるが、実はこの現象にこそ、古い脳と新しい脳の関係が如実に現れているのだ。
 酒を飲んだとき、まず最初にマヒしてくるのが、新しい脳である。新しい脳の活動が少なくなると、いつもは裏に隠れていた古い脳が活発になる。いい方を換えると、これまでは理窟が通っていなければ、門を開けなかった新しい脳の関所番が居眠りをしてしまっている状態と考えてもいいだろう。関所番が居眠りしている間に、たやすく関を越え、目的地の古い脳に到達できるというわけなのだ。
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 ここでの結論は「脳は酒に弱い」ということ。つまり、理屈に納得いかない相手には酒を飲ませてみるのも説得技術の一つという訳である。これを大脳生理学的には「古い脳に働きかける」ということになるらしい。
 実は相手を「説得する」ということなど決して畏まる必要はなく、確かにそのようなものなのかも知れない。技術の一つとして有効なことは「古い脳」にも理解できそうである。
【第3回】 『かけひきの科学−情報をいかに使うか』 唐津 一 著(PHP新書/本体660円+税)
 「かけひき」。巷ではネガティブなイメージが付き纏う。「かけひきの上手な人」とは「気が許せない人」というのが相場であろう。ただこの「かけひき」を漢字で表すと「駆け引き」。つまり戦場に於いて今が「駆ける」時か「引く」時かを判断し対処することこそが正しく「かけひき」なのである。このことから「かけひきの上手な人」は特に有事にあってはこの上なく「頼りになる人」であることが理解できよう。
 本書で著者は国家間(外交)に於ける駆け引きの例として、平成元(一九八九)年に中国で起きた「天安門事件」を挙げている。

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 アメリカは人権問題を楯に最恵国待遇の期限切れを延長しないと息巻いていたが、腰砕けになった。その直後、中国はボーイング社に大量に旅客機を発注すると発表した。これではアメリカが、航空機と引き換えに人権を売ったと受けとられても仕方あるまい。みごとなかけひきである。アメリカはあっけにとられたが、世界に与えたこの印象はぬぐえない。
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 中国が「気が許せない国」か「頼りになる国」かの議論は兎も角、中国に「アメリカを貶めてやろう」との意図があったのであれば、上記の例が見事な戦術であったことは間違いない。
 さらに著者は「かけひきの科学」として「ゲームの理論」を紹介している。ハンガリー生まれの数学者・ノイマンらが提唱したこの「ゲ−ムの理論」の発想の原点はポーカーだったそうだが、それを紹介する件は以下の通り、興味深い。

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 ノイマンたちがポーカーの研究をはじめたのは、若いころであった。彼らがポーカーをやって気がついたことは、そのゲームの勝ち負けは、自分がどのようにプレーしたかではなく、じつは相手の行動に自分の行動がどう左右されるかによって決まるということだった。
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 どうやら「駆け引き」の要諦とはこの辺りに隠れていそうである。
【第2回】 『官の詭弁学−誰が規制を変えたくないのか』 福井秀夫 著(日本経済新聞社/本体1600円+税)
 『官の詭弁学』というネーミングからして刺激的な書籍である。副題は「誰が規制を変えたくないか」。著者は冒頭から福澤諭吉の言葉を紹介する。

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 古くからの習わしを古いというだけの理由で当然視し、それに溺れて、正しい判断に惑うことを福澤諭吉は「古習の惑溺」と呼んだ。法や制度の中にあり、当事者が陥っている「古習の惑溺」を、白日の下にさらすことそれ自体が事態の改善の決め手となるのである。
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 興味深かったのは「悪しき裁量行政」として入管行政を取り上げた箇所。ここでは平成十五(二〇〇三)年十月二十二日の総合規制改革会議「第十二回アクションプラン実行WG」に於ける「日本版グリーンカード」導入を巡る法務省と宮内義彦氏(主査)との議論が紹介されている。

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宮内義彦主査(オリックス且謦役兼代表執行役会長・グループCEO)  法務省というお役所は最も法にのっとって行政を行っていくことが必要なところだと思うのでございますが、永住につきましてはそういう意味では完全な裁量行政でやるんだ、基準は全くないというふうにおっしゃっていると考えていいわけでございましょうか。
増田暢也法務省入国管理局長  わが国の経済情勢、雇用情勢からどの程度人を入れていいか、どれほど厳しくやるか、そういったことについてはやはり上に立つ者が全体に整合性を持って、その時その時の国の状況なども考えながら判断を下すという制度が必要であろう。
宮内主査  平成十四年に四万二千八十五人永住許可を出されたわけでございますけれども、これは一人一人政治的裁量を法務大臣がなさったというふうに考えていいわけでございますか。
増田局長  その通りでございます。
宮内主査  それは実際上、可能なのでございましょうか。
増田局長  申請が出たものにつきまして、素行の善良性は足りているのか。独立の生計を営む資料が出されていて、それでこの人は生計能力があると認めていいか。この人は十年間、我が国に在留していて、その間、問題を起こしていないかどうか。そういったことを審査して判断をしたということでございます。
宮内主査  ということは、内部でしっかりした基準を作っておられるということですね。
増田局長  私が申し上げている以外に何らかのこういう基準があるということだとしたら、それはそうではございません。
宮内主査  法にのっとって、ガイドラインあるいは基準にのっとって処理をなさっているのか。それとも、これは法律の及ばない政治的判断だとおっしゃっておられるのか。そこのところをはっきりしていただきたいのです。
増田局長  場合によってはこれは政治的な判断から入れた方がいいとか、入れない方がいいとかということもあり得るでしょうから、だからこそ大臣の権限として残しておかなければいけない。
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 宮内義彦主査(オリックス・グループCEO)による「法務省というお役所は最も法にのっとって行政を行っていくことが必要なところだと思うのでございますが」との導入の発言が隠し味で効いていて面白い。
 著者は「永住許可の法務省の判断は、明確で透明度の高い基準にのっとって処理されているのか、それとも『政治的裁量』か、という宮内主査の端的な問いへの答えは結局意味不明のままだ」、さらに「法務省が言うところの『高度な政治的裁量』を駆使して許可を決定するというその運用は透明性を欠く」と手厳しい。
 「透明性」、つまり行政には常に「説明責任」が問われて然るべきである。「行政裁量」とは一般的に行政行為の内、行政法規について行政の判断の入り込む余地のことをいうのであって、何も下された判断への説明責任を免れる訳ではないのは確かである。
 『官の詭弁学』。内容もまた刺激的な一冊である。
【第1回】 『数学嫌いな人のための数学−数学原論』 小室直樹 著(東洋経済新報社/本体1600円+税)
 [交渉]に関わる書籍を紹介する当欄に敢えて[数学]に関わる書籍を紹介する。著者は先ず「数学の本質は論理である!」と読者を誘う。
 冒頭から著者は二つの定理を紹介する。一つは「ガウスの大定理」(代数学の基本定理)、そして「ガロアの定理」の二つである。
 「ガウスの大定理」とは [n次方程式は、複素数の範囲内において、必ず根(解)を有する] というもの。これは「存在問題」と呼ばれている。
 一方で「ガロアの定理」は [五次方程式は代数的に(係数に四則演算と根号を施して)解けない] というもの。
 そして、この二つの定理によって導かれる「数学が人に突きつけた重大このうえない認識」とは一体何か。
 それは「解があっても解けない方程式がある」という事実である。著者は投げ掛ける。

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 解があることは分かり切っているのにどうしても解けない! これほどの悲喜劇もあるまい。いや、これほど重大な認識もないのである。
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 さらに著者はマクス・ヴェーバーによる「最高の役人は最低の政治家である」との言葉を引用して、斯くの如く語る。

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 政治家の任務は、答えのない問題に取り組まなければならないことにある。解けないかもしれない問題にも対決しなければならない。それなのに、役人は、よい役人として仕上げられた人であればあるほど、問題に答えがあり、解けるに決まっていると思い込んでいるものだから、答えのない問題、解けないかもしれない問題に直面すると途方に暮れ、しっぽを巻いて逃げ出してしまうのだ。
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 痛快な指摘である。役人に対してではない。役人のような政治家、若しくは単に政策通として「超役人」を自認して憚らない政治家が永田町を闊歩する昨今、政治家の耳にも痛い指摘であろう。勿論、会社を預かる経営者にも同様に耳に痛い指摘ではなかろうか。
 正しく「数学の本質は論理である」。そして論理とは論争の技術であり、説得術であることに改めて気付かされる一冊である。
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